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お盆、四国へ行って来ました。 ?

 3日目は愛媛県でも未知の世界、松山以遠、所謂「南予地方」に足を運びます。

 まず最初に訪れたのは「内子」です。

 

 

 お酒を買って、町を散策して・・・・・、こんな内子名物があるんですね、

 「酢卵」です。米酢とパパイヤ酢を配合させ、その中に卵を殻ごと入れて発酵させるというもの、

 僕は昔、桃太郎電鉄が好きで、内子に着くと「酢卵屋」と言うものが存在しました。これがずっと謎でした。で、ここに訪れたとき、それがこれだったことが分かり、謎が解けました。本当に嬉しかったです。

 内子は「木蝋」で栄えた町です。もちろん、蝋燭も町中で販売していますが、化粧品やクレパスに用いられます。内子は木蝋の原料となる「櫨」の栽培が盛んだったため、それを活かしてこの木蝋に産業を注いだようです。

 この日は櫨の実を晒す作業が行われ、僕もやってみました。ベージュ色から純白になるまで、3週間はかかるようだそうです。

 もちろん、内子座にも足を運びました。見てて風格ありますね、ここで芝居をやりたい演者さん沢山いるのではないでしょうか・・・・・、やった価値はありそうです。

 この景色を目の前にお辞儀がしたいですね。ここに立った喜びに感謝して、お辞儀がしたいです。

 この日は、内子の中心から歩いて20分ほどの所にある集落「五十崎」にて、「凧揚げ合戦」が行われていました。綺麗な青空の下で放たれる凧は気持ちいいものですね、凧って正月のイメージがあるみたいですが、端午の節句に揚げる物みたいですね、実際に全国で行われる凧揚げ祭りはほとんどが端午の節句に行われるものみたいだそうですから。

 タコ糸の間に「ガガリ」と呼ばれる刃物を結び、それを使って、切り合いをするという祭りです。凧に情熱を注ぐ男たちは子供のようにはしゃぎ、あの頃を懐かしむ人たちで盛り上がっていました。

 ・・・・で、

 僕もチャレンジしました。

 最初こそ、揚がれなかったですか、だんだんコツを掴みだし、こんな高くまで揚げることが来ました。凪の状態が続いていた中で、少しでも風を感じればこうやって揚がることが出来たんです。しかし、ここまで揚げるというのは本当に重労働です。身体中負担が来ます。特に足腰、かなり来ました。踏ん張らないとここまで揚がることが出来ないと思います。貴重な体験でした。

 

 さて、今度は伊予大洲へとやって来ました。

 今、大洲はこの「大洲ちゃんぽん」と言う所謂「そばめし」で街おこしをしています。これは「ケンミンショー」に出た逸品だそうです。

 かなりのボリュームがあります。1人前ですが、吉野家の牛丼特盛ぐらいの量がありそうです。結構応えました。

 このそばめしを食べた店は庶民的な鉄板焼き屋です。驚いたのは日本酒が豊富であることと、「チューハイ」「ウィスキー」を一切置いてない事、このこだわりようが素晴らしい、日本酒と鉄板焼き、ひげにんにくがこれまた旨かった。鉄板の上で焼かれたニンニクに油の水たまりに素揚げ状態の根の部分、これは美味しかったです。琴平の日本酒であまり知られていない「悦凱陣」を片手に美味しい鉄板焼きを戴けたことは本当に満足でした。

 

 さて、大洲の街は翌朝散策しました。伊予の小京都、そして、城下町大洲、町を歩けばレトロ感溢れる街並みが広がります。

 大洲と言えばまずは「臥龍山荘」、緑広がる庭園は心を落ち着かせます。訪れると「時間がゆっくりと止まった。」そんな感覚で心が落ち着きます。

 不老庵から眺める肱川は心落ち着きます。あいにくの雨で川が濁っていたのは残念でしたが、静かに流れる川の流れを見ながら、ゆっくりと時間を過ごされた昔の人は本当に素晴らしかったのだと思います。夏、あるいは中秋の名月でここに過ごされるのはいかがなものでしょうか。

 そして、大洲城です。今もなお、木造の城郭だそうです。

 天守閣から望む大洲の街並み、素晴らしい城下町の情景と肱川の清らかな流れ、この景色を見れただけでも、大洲に来た甲斐がありました。

 さて、問題です。

 ポコペン横丁の思ひ出倉庫にあった展示物です。昭和40年代前半の広告です。

 一番左の方、今なお、時代劇やサスペンスを中心に俳優として活躍されている方だそうです。さて、誰でしょう・・・・・。