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田中一村さん

そして、もう1つの目的、田中一村美術館へ。

母は田中一村さんとの夢のような思い出がある。どうも子どもの頃に会ったことがあるらしい。

来歴を見ると、もしかしたら祖父と南画の同門だったのかも?

一村さんが子どもの頃から、奄美で暮らすまでの絵の変遷を見ていくと、何を描きたいと思ったのか、それが洗練されて完成されていく様が見て取れてとても興味深い。

しかし、母にとっては夢のような思い出であるほど、現実の一村さんを知るのは辛いものもあったみたいだ。

生前は認められず、死後、世に認められた一村さん。

「一村さんは幸せだったのかしら。」と母は言った。

決して楽ではなかったろう。しかし、彼は描きたかった。奄美の草花の絵から、それがわかる。

「死んでからであっても、こうやって作品が認められて、奄美の人のためになっているのは素晴らしいことだ」と母に言う。

絵や作品には、そういう面がある。あたかも子どもの様に。生み出された後は、自分の手を離れて歩き出す。そして、作者が死んだ後も、それはあり続け、人に何か影響する。

一村さんは絵に、生きるのに、必死だったと思う。でもそんな一村さんに力を与えてくれた、奄美の自然に、ありがとうと言いたい気持になった。