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【介護】今頃なにを言ってるのか。

30年ほど前、当時「脳軟化症(すごいネーミング)」「老人性痴呆症」などとも呼ばれていた、アルツハイマー認知症の父祖母の介護は『長男の嫁』であるワタシのハハが一手に引き受けていた。

父祖母が亡くなったのはイモートの大学受験の年の1月で「受験間際の邪魔になるだろう」という理由で叔母の1人が預かってくれていた。

しかしそれは、あくまでもイモートの受験に対する配慮であって、ハハに対する気持ちからであったとはいまだにワタシには思えない。

それくらい『長男の嫁ならやってあたりまえ』だった。

(ワタシは幼少の頃からハハの苦労と涙を見てきているのでどうしてもヨメの味方である)

現在、皮肉にも姑と同じアルツハイマー認知症になってしまったハハの介護をしながら、割とだらだらと生活している。

介護生活が始まって6年ほどになるが、ハハに対して声を荒げたことはあまりない。

気持ちの上で「さっさと死ねばいいのに」的な想いをもったこともない。

同じ認知症でも父祖母と違って扱いやすいと感じるのは、ワタシがハハと仲がよかったことや、ハハの性格を比較的よく分かっているからかもしれない。

そして、父祖母のときに経験した「部屋中にこすり付けられたウンコを夜中に熱湯とハブラシでこそげ取る」とか「家に帰る! とすきあらば家を飛び出していってしまうのを小銭入れをひっつかんで追いかける」とか「一日中ブツブツブツブツ独り言を言っているのを聞いている」とかいうことが、ハハには全くないからだと思う。

今はただ「このまま機嫌よくデイサービスにいって、飼っている犬を見て笑ったり、ワタシのいう冗談に笑ったりして穏やかに死を迎えることができればいい」と思う。

しかし、その前にセルフネグレクト状態の我が家の大掃除をせねばならん。

それが終わるまでは死んでもらっちゃ困るのである。

 * * * * *

介護の話は、このニュースでもたくさんの人がつぶやいたり日記を書いたりしてるけど、制度としてもっときちんといろんなことを決めておかないと、どんどん大変なことになって行くと思う。

財産分与の話もそうだし、「誰がみるか」もそうだし。

施設に入れるにしても馬鹿にならない程度のお金がいるのだ。

個人の資産にそれを負担させるのは酷だと思う。

本当にお金に羽がはえたみたいに飛んでいくよ。

ふと思う。

「介護を経験することになった人」と「介護を経験しなくてすんだ人」はおそらく永遠に分かり合えない。

「施設に入れてお任せにした人」と「通いで介護している人」と「同居で介護している人」もまた苦労ポイントは違うだろう。

どれが正しくて、どれが悪いということでもない。

みんなそれぞれ事情があるのだ。

国民全員が必ず誰か1人を介護することにしたらどうだろう(笑)。

そうすれば兄弟姉妹で喧嘩することもない。

そのかわり介護する相手は肉親ではなく、気の合う年上の友人であったり親戚であったり「その人のことが好きで付き合いがあった人」にする。

相手のことが好きだったら、なんとか頑張れると思うんだけど。

まぁ「頑張る介護」はそのうち破綻するから、アカンかな。

認知症の人は「なにもかも全くわからなくなっているのではない」。

それは覚えておいた方がいいと思う。

ちゃんと、理屈の通ったことを考えてるし、答えも返ってくる。

年長者としてちゃんと敬意を払わないといけない部分はやっぱりある。

 * * * * *

「娘が母親介護は当然の風潮」って、ウチにはワタシ以外にも娘がいるんですが。

そういうのはどうしてくれたらいいのかな。

ハハの介護が始まってから電話ひとつよこさない。

その割には「生前分与」の申し入れをしてくるヤツなんですが。

それに・・・

「娘が母親介護」というのなら、昔みたいに「長女が婿とって財産丸取り」みたいにしてもらわんと(笑)。ほんま、たまらんわ。

ここでも頼みの綱は「オンナ」だ。

ふざけんな

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■「娘が母親介護は当然」の風潮