責任者出てこい!!

一昔前、夫婦漫才の人生幸朗・生恵幸子の決めぜりふが、

「責任者出てこい!!」だった。

毒舌で世の中の不条理を、ぼやき飛ばすのだが、

本当にいま世の中、庶民はまさに「責任者出てこい」の気持だろう。

責任者とは、ことが起きたときにきちんと経緯を説明し、

同時に、最終的な責任の所在を明確できる人物である。

ゆるされないのは、言い逃れ、言い訳、弁解だ。

しかし、国も地方もことが起きると

責任者は、言い逃れ、言い訳、弁解のオンパレードで、

誰ひとりして責任の自覚がない。

東京都の豊洲移転問題の百条委員会では、

喚問された都知事、副知事、役人が、上から下、下から上まで全員が、

判を押したように責任のなすり合い。

赤信号みんなで渡れば怖くないの典型ではないか。

これでは「責任者出てこい!!」と声を張り上げても、

私が責任者ですと手を上げる、政治家、役人なんているわけがない。

この人達は、家族や友人、同僚に対して恥ずかしくないのだろうか。

なによりも、責任者の存在しない国や社会は危うい。