言われると悲しくなる話。

仕事で、お客さんから言われて一番悲しい言葉。

「高いお金を払っているのに」

この言葉が、胸にグサッと突き刺さる。

なぜ悲しくなるのか、説明するのはとても難しい。

だがあえて、説明を試みてみる。

まず、どこまでが「高い」なのかと言われると、「お客さんが『高い』と思ったら」な訳なので、僕の方からは何も言うことができない。

これがもし「お金を払っているのに」という言葉ならまだ気持ちは楽になる。

しかし「高い」をつけられた瞬間、僕に向けられた悪意というか、わざわざ強調してまで自分を正当化し、相手を貶めようとする意図を感じる。

これまでの色々なやり取りで築いてきた繋がりが嘘のように、お金は簡単に人格を変え、人間関係を壊すことがある。

そして、「お金を払っているのに」という言葉にも、釈然としない。

お金を払ってさえいれば何を要求しても良いのだろうか。

そもそも何かのサービスの対価としてお金を頂くわけだが、サービス内容がどこからどこまで、という領域が明確に線引きできない時がある。

これは時と場合にもよるのだが、今回はサービス内容が曖昧であるのを良い事に、何でも都合よく解釈されて、「こちらはお金を払っているんだから、そのぐらいやって当然」的なことを言われた。

だがサービス内容を詳細まで契約書に盛り込むなんてあり得ないし、今回のケースで言えばそもそも相手の要求に応える為にサービスを拡張した事が発端でもある。

「できない」と言えば文句を言われ、「できる」と言ってできなければやはり文句を言われる。完璧にやるか(これは不可能に近いが)、文句を言われる覚悟で「できない」と言うしかない。

これはまさしく八方塞がりで、相手はそれが分かっていて弱い立場の人間を追い込んでいるんだから、本当に悲しい気持ちになる。

今の世の中、何かあるとすぐネットに悪口を書かれるし、しかもそれが後々まで残る。

顧客の要求はどこまででも高くなって、個々のニーズにどこまでも応えなければいけない。

それは最終的にサービスの提供者側の負担を際限なく増やす事になり、結果として質の低下に繋がる。

そこかにこうした矛盾から解放された、平穏な世界は無いものだろうか…。