ギイ・ギイゲム・ギム・ガム・プルル・ギムゲム

先日の稲垣足穂や沢渡恒(佐伯キリコ)のことから思い出したのだが、やはり足穂も書いていた“GE・GJMGJGAM・PRRR・GJMGE”という雑誌があった。

北園克衛も関わっていた未来派ダダイズムシュルレアリスムを意識した雑誌だったようだ。

先ほど画像検索したら表紙にゲエ・ギムギガム・プルルル・ギムゲムというカタカナ表記があるのだが、稲垣足穂はなぜかギイ・ギイゲム・ギム・ガム・プルル・ギムゲムという記述をしていたと記憶する。

なぜなら1982年に長島たちが主催したライヴのタイトルがこれをそのままローマ字表記にしたものだったからだ。

当時はいまのようにすぐに物事が調べられる時代ではなく、アルファベットの表記が前述のようなものとは知る由もない。

ちなみにこの複雑な言葉はおそらく都市の騒音のオノマトペだったと思う。

麻野はナチの制服のまま電車でやってきた。

オメガポイントはこの時、まだ弟がメンバーだったのだがこれが弟との最後のオメガだったと思う。

このフライヤーは松岡正剛編集の雑誌「遊」にも載って取材に来るとかいう話があったが結局それは実現しなかった。

っかしナガシマのデザインもたいしてこの頃から進歩してねぇね。

もちろんこのころはまだアナログで切り貼りの作品だけれどね。